静かな爆弾

  • 2008/07/23(水) 23:07:47

静かな爆弾静かな爆弾
(2008/02)
吉田 修一

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隔絶された世界に住む者同士が、お互いを理解しようとし、そして恋愛感情を募らせる。その過程は美しく、当事者のみにしかわかりえない世界を創り上げる。しかし、である。自分が理解しているつもりの相手の世界は、果たして相手にとってのありのままの世界であろうか。その答えは分からない。ただ、きっとそれは幻であろう。

吉田修一静かな爆弾が描く世界は、報道という仕事に使命感とやりがいを感じる俊平と、耳が聴こえない響子のラブストーリー。彼らが住む世界は、かたや音に溢れ、かたや音が全くない。そんな二人が偶然に出会い、恋におちる。その恋愛は、あるいは我々の誰しもが多かれ少なかれその過程において経験する心の揺れと変わりはない。我々はその関係に自身を重ねることを通じて吉田修一の世界に共感を覚えるのである。気持ちをどうやって伝えようか、相手をどうやったらよりよく理解できるのか。その悩みは、誰かを愛し、誰かに愛されたい者であれば、どのような身体的状態にあろうとも、どのような精神状態にあろうとも、常に根底にある。

しかし、ふと私は考える。果たして私が俊平であったなら、響子のことをどれだけ理解できるだろうか。響子の生きる世界の喜び悲しみ、苦しみ楽しみをどれだけ分かるのだろうか。響子が聴覚を失っていることを、どのように自分の世界に溶け込ませ、そしてそれを響子という一人の人間の一要素であると認めていくことができるのだろうか。あるいはその必要はないのかもしれない。むしろ理解しようと試みること自体が無理なことであり、おこがましいことなのかもしれない。しかし、理解したい。愛する人のことをわかりたいというのは、純粋な欲求であり、その欲求こそが愛情の源泉ではないだろうか。

であるからこそ、言いたかった言葉を飲み込み、強く前を、響子を見ていこうとする俊平に、何かしらの頼もしさとうれしさを感じるのである。できることならその続きを読んでみたい。そう思わせる良い小説であった。極めて日常的な情景、ありふれた恋愛心理、小さな世界の出来事を描きながら、しかしなお多様な心情にさせてくれる佳作である。

悩む力 (著)姜 尚中

  • 2008/07/22(火) 23:57:40

悩む力 (集英社新書 444C)悩む力 (集英社新書 444C)
(2008/05/16)
尚中

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先日出張した際の旅の供として選んだのが姜 尚中の「悩む力」。最近とみにその名前を目にする機会が増えた姜 尚中に興味があったことと、ぼんやりと暮らしながらも私だってそれなりに悩んでいることから、何気なく手に取ってみたのである。

世紀末に生きるという共通項から、19世紀末に生きた夏目漱石とマックス・ウェーバーの著作の解釈を通して、20世紀末と新世紀の我々に、強く生きるための姿勢を示そうとするのが本書である。姜 尚中の在日としての経験や、誰もが通過したであろう悩ましい日々の思いなども、ふんだんに盛り込むことにより、内容に厚みと現実味と説得力を持たせている。むろん、私が姜 尚中が思い悩んだことのほんのわずかでも考えていたら本書を手にすることはなかったのであろうが。

ただ、正直なところ三十代半ばに差し掛かった私には、「もうちょっと早くに出会えていれば良かったのに」と思う内容ではあった。たとえば私が大学生のころ、いや高校生の頃にこの「悩む力」に出会っていたら、多少は真剣に物事を見つめ、考えていただろう。あるいは社会人になってすぐに読んでいたら、仕事に対する取り組みも違ったのかもしれない。と言っても仕方がないので、この「悩む力」で示されるとおり、これからの人生を、突き抜けるまで真面目に悩み考え抜いて、孤独と対峙していかなければなるまい。まずは自分の城にこもっていないで、誰かに認められるよう、誰かを認めていくことからはじめていきたい。

永遠の仔 (著)天童 荒太

  • 2008/06/23(月) 22:08:47

永遠の仔〈1〉再会 (幻冬舎文庫)永遠の仔〈1〉再会 (幻冬舎文庫)
(2004/10)
天童 荒太

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人は艱難辛苦に直面したときにしか、生きるという意味を見つめないのではないか。敬慕する家族からの裏切りに出くわしたときにしか、愛情の渇きを覚えないのではないか。

天童荒太永遠の仔は、この二つのテーマについて深く考えさせられる物語である。家族からの悲惨な仕打ちに心を砕かれた少年少女3人の、それぞれの心の暗闇と、それを埋めるために犯した事件、そしてそれから17年の時を経てもなお癒えぬ心の傷に翻弄されるさまを丁寧に描くことで、「生きるとは何か」「人を愛するとは何か」について、考えさせずにはおかない。この悲劇的な人生を歩み、それでもなお家族を、愛する人を求め、それが得られもしないのに、やはり生きていくことを選ぶ。自ら命を絶つ者が3万人を超える現代にあって、永遠の仔が問いかけるものの意味は、重い。

人の心の平衡は脆く、何気ない出来事や、ふとした拍子に崩れてしまうもの。その崩壊の発露は、時には誰かを、そして時には自分自身を傷つけるという形となる。止めたくても止められない、あるいは、止めるという意思さえも失ってしまった状態に、人は陥ってしまうものである。それを救うことは、その当事者が自らを救うことと同じくらいに、難しい。しかしそれでもなお愛すべき人たちを求め、その人たちのために生きていこうと姿は、純粋に美しい。幸いにして私には、そのような心理状態になる出来事はなかったし、周囲にも―もしかしたら表面上の話かもしれないが―そうした心の闇を抱えて生きる人はいなかった。生きようとする姿を美しいというのは、だからこそ、なのかもしれない。傍観者どころか、ある意味平凡だけど苦悩の少ない人生を楽しめている余裕があるからかもしれない。

私ができることは、せめてこの穏やかに満ち足りた毎日に感謝し、その中で生きる支えや目標をしっかりと持っていくことであろう。家族を心から愛していると言えるからこそ。




パイロットフィッシュ (著)大崎 善生

  • 2008/06/16(月) 22:28:12

パイロットフィッシュ (角川文庫)パイロットフィッシュ (角川文庫)
(2004/03/25)
大崎 善生

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感傷的な気分にさせる小説である。私が大学生であった頃、あるいは就職してからも、この小説に描かれるようなシチュエーションにはなったことがない。それでも、何故かあたかもそれらを経験してきたかのように、時に甘く、だいたい切なく、物語は既視感とも言えるリアルさを感じさせる。それは著者の筆力によるものか、あるいは若かった頃の心の揺れを、敢えて追体験してみたい年齢に、私がなっているからだろうか。

物語の設定は、正直なところ甘い。文庫版で247ページという短さ故か、あるいは短くするために簡素化を試みて誤ったのか、ともかくもう少し全体に厚みが欲しい部分が結構ある。だが、自らを山崎に、由希子に、沢井に自己を投影するとき、そこには人生における人と人との繋がりとその永続性に、ふとページを捲る手を止めて考え込んでしまうのである。

誰かと出会い、そして別れる。望むと望まざるとに関わらず、人はそれを避けることはできない。しかし、別れてしまってからも、その人の記憶は自分の一部となり、その記憶とともに生き続けるのである。パイロットフィッシュはそれを現在と過去の物語を行き来することで描こうとする。それはおそらくは正しい考えなのだろう。だが、それは過去に拘泥することを肯定することにならないだろうか。記憶は美化されるものであることを踏まえてもなお、自分が共に生きている記憶は、今の自分を形作っていると言えるのだろうか。ひどく感傷的な気分になりながらも、私が出した答えは、否、である。少なくとも今は、そう思いたい。もうちょっとだけ、過去なんて関係ない、後ろは見ない、と突っ張ってみたい気持ちの方が、今は強いのである。

パーク・ライフ

  • 2008/05/31(土) 22:17:28

パーク・ライフ (文春文庫)パーク・ライフ (文春文庫)
(2004/10)
吉田 修一

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パーク・ライフ に描かれるのは、「ありそうで、あんまりない日常」である。それが例えば水がさらさらと流れるように、あるいは日当たりの良い場所で一日を過ごすように、ふと気付くと小説自体が終わっていたという感じの淡白さで描写されている。私には東京で暮らした経験がなく、従って日比谷公園がどのようなものであるのか見当もつかないため、もしかしたらこれが現代の東京に暮らす若手作家の描く東京の姿であり、それを私が解さないだけなのかもしれないが、あまりに「引っ掛かり」のないストーリーの流れに、いささか不可思議な感じを覚えた。心の機微や人と人の距離について考えさせられる部分もなくは無いのだが、あれだけの表現では如何せん読者に深く考えさせるまでには至らないのではないか。少なくとも、吉田 修一が意図した世界が、読者のどれほどに理解されているのか甚だ疑問である。私には何も感じることができなかっただけかもしれないが。故に悪人を読んだとき、「吉田 修一も成長したな」と思わせてもらったものだ。このパーク・ライフ で芥川賞を取ったのだから、あとの作品の方が優れているのは当り前ではあるのだが。